大阪・布施の路地裏。ふとした夜に立ち寄った「ネバーラン堂」は、まるで秘密基地のようだった。
駄菓子の甘い匂い、手元で響くファミコンのSE音。
昭和と平成のちょうど真ん中くらいで時が止まったような空間には、誰にも見せなかった“好き”が、ぎゅっと詰まっている。
大人になった今だからこそ、あの頃の自分と向き合える場所が、こんなところにあった。
駄菓子バーという、大人の抜け道
「夜7時オープンっていうのが、ちょっといいよね」
そう言いながら、友人が扉を開けた。どこか後ろめたさを含んだ笑いが、やけにしっくりくる。
「ネバーラン堂」は、駄菓子とレトロゲームを主役にした“バー”。けれど、そこにある空気は、もっと曖昧で、もっと優しい。言うなれば、大人のための放課後、あるいは、誰にも見せなかった子供の部屋の延長線。
店内に一歩入ると、まず目に飛び込んでくるのは壁いっぱいに並んだ駄菓子たち。常時80種類。うまい棒にベビースター、キャベツ太郎、さくらんぼ餅、モロッコヨーグル…。あの頃の放課後を、そのままグラスに注いだみたいな匂いがした。
チャージは1時間590円+ワンドリンク。それだけで、駄菓子は食べ放題。まさかこの年で「どれにしよう」なんて真剣に悩む日が来るとは思わなかった。
そして、何よりも驚いたのは——
駄菓子に合わせるのが、まさかのお酒だったこと。
甘いような、酸っぱいような、あの記憶たちに、アルコールがちょっと背中を押してくれる。気づけば、学生時代の恋バナや黒歴史、今なら笑える痛い話まで、テーブルの上には懐かしさがどんどん積み重なっていく。
音と光とボタンの感触
カウンター横のテーブルには、小さなゲーム機が鎮座している。
ファミコン、スーファミ、NINTENDO64、ゲームキューブ——
子供の頃、テレビの前に正座してプレイしていたあのハードたちが、まさかバーで再会できるとは。
「スーファミって、こんなに小さかったっけ?」
「ロクヨンのコントローラー、今持ってもやっぱ変な形やな」
ボタンの感触ひとつで、手が当時の動きを思い出す。人間の記憶って、こんなにも身体と結びついてるんだなと、妙に感心してしまう。
ゲームの種類は日替わり。あの頃のまま、みんなで笑って、ちょっと本気で競って、そして最後には「やっぱ〇〇、最強やな」で締める。
画面の中のピクセルと、テーブルに散らばる駄菓子の包み紙。そのコントラストが、不思議と心地いい。
オーナーの“好き”が詰まった、もうひとつの世界
壁をふと見上げると、70〜80年代のアメリカ映画ポスターが並んでいる。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』、『グーニーズ』、『E.T.』……。その横には、色褪せたフィギュアや、今では手に入らない貴重なグッズたちが、所狭しと飾られている。
「全部、オーナーの趣味なんです」
そう教えてくれたスタッフの声が、どこか誇らしげだった。
この店には、“わかる人だけがわかればいい”という空気がある。だからこそ、逆に安心できる。
子供の頃、部屋にこっそり隠していた宝物たち。今では堂々と飾って、好きだと言える。そんな場所があるというだけで、大人になるのも悪くない、なんて思えてくる。
変わらないものを、大人になってもう一度
「ここに来るとさ、なんか…自分に戻れる感じがする」
帰り際、ぽつりと友人が言った。
それはきっと、この店が何かを“提供”しているからではなく、“思い出させて”くれるからだろう。
駄菓子の甘さも、ゲームの音も、ポスターの色褪せも、すべてが心のどこかに眠っていた記憶を、そっと揺らす。
「ネバーラン堂」は、何かを忘れたくない人のための場所なのかもしれない。
そして、大人になった今だからこそ、あの頃の“好き”を、もう一度ちゃんと愛せるのかもしれない。
いま夜の街角で、ちょっとだけ子供に戻りたい人へ。
駄菓子とゲームの秘密基地、「ネバーラン堂」は、今日も静かに扉を開いている。