「入り口、どこ?」と戸惑うのも、きっとこの店の演出のひとつだ。
東大阪・布施の裏路地。ほのかに灯る看板と、ぽつんと佇む昭和の自販機。その奥には、まるで異世界みたいに静かなジャズが流れるバーがある。「Bar Rack Spirits」。見つけるまでがちょっとした冒険。
でも、ドアを開けたらもう安心。あとは、マスターとお酒と、誰かの話に耳を傾けるだけでいい。
住所 | 大阪府東大阪市足代1-11-5 フセフラワービル1F つきあたりGoogleMap |
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営業時間 | 19:00 ~ 28:00(日曜日のみ 24:00まで) |
定休日 | 月曜日 |
喫煙可否 | 喫煙可 |
ドアのないバーに、今夜も誰かが吸い寄せられる
東大阪・布施。駅から歩いて5分ほど、フセフラワービルの横をすり抜けると、じんわり白く光る看板がひとつ。「Bar Rack Spirits」。だけどドアが、ない。あるのは、レトロな自販機だけ。戸惑って立ち止まる人もいるけど、それもまた、この店の“入り口”。
じつはその自販機こそが、隠し扉になっている。ちょっと映画みたいな仕掛け。軽く押すと、カチャリと音がして、しっとりとした暗がりのなかへと吸い込まれていく。
扉の向こうには、やわらかい照明に包まれたカウンターと、静かなジャズ。初めてでも不思議と緊張しないのは、マスターの柔らかな笑顔と、カウンター越しに「おつかれさま」と微笑む常連さんたちのおかげかもしれない。
“その時の気分”に寄り添う、名前のないカクテル
メニューは、ない。あるのは、マスターの直感と、お客さんの「気分」。
「甘めがいいです」「さっぱりしたいかも」——そんな曖昧な言葉にも、マスターは頷いて、手を動かし始める。目の前で静かに振られるシェイカーの音が、なんだか安心する。
ラムを軸に、ジンやウイスキー、季節のフルーツ。ときどき運が良ければ、ちょっとしたレアものにも出会える。お酒が苦手な人には、ノンアルのモクテルや果実のジュースも。誰にとっても、この場所は“居場所”でありたい、そんな気遣いが行き届いている。
深夜、眠る前に。甘く香るアイリッシュコーヒーに
「もう一杯だけ飲んで帰ろうかな」そんな夜ふけに、ふと頼みたくなるのが、マスターが淹れてくれるアイリッシュコーヒー。
湯気の奥からふんわり立ちのぼるウイスキーの香り。甘くて、あったかくて、ちょっとだけ酔える。デザートのようで、お酒のようで、最後にはコーヒーらしい苦みが舌に残る。寝る前の読書みたいな、そんな一杯だ。
「これ飲んだら、きっとぐっすり眠れますよ」なんて、隣のお客さんが笑いながら教えてくれる。たぶん、あの人も何度もここで、同じように夜を終えてきたんだろうな。
誰かの趣味が、いつか誰かのきっかけになる夜
シックで落ち着いた空間。でも、気取ってるわけじゃない。
マスターが語る昔のアニメの話や、近所の商店街のこと、常連さんが持ち込んだちょっとマニアックな本の話……話題はいつだって自由で、予測不能。ときどき話が弾みすぎて、初対面の客同士が「え、同じの観てました?」と盛り上がっている。
大阪・布施という土地柄もあるのかもしれない。人懐っこくて、ちょっとお節介。でもそれが、うれしい。誰かの趣味が、知らない誰かの扉を開けてしまう夜。そんな瞬間が、ここにはいくつも積み重なっている。
変わらない場所が、変わっていく夜を包む
「Bar Rack Spirits」は、たぶん、ずっと変わらない。自販機の扉も、ジャズのBGMも、マスターのちょっとした小話も。だけどこの場所で交わされる話や笑い声は、日々ゆっくり変わっていく。
ひとりの夜にも、誰かと来た帰り道にも、ここはちょうどいい。静かで、あたたかくて、ちょっと不思議。布施にある、ドアのないバー。
もしこの町に来ることがあったなら、思い出してほしい。あの自販機のこと。そっと扉を開けてみるだけで、今夜がちょっとだけ、特別になるかもしれないから。