たこ焼きは知ってる。でも「たこせん」って聞いたことある?
大阪・布施の商店街をふらふら歩いていると、香ばしい匂いに誘われて立ち止まった。
店の名前は「宮良たこやき本舗」。
たこ焼き2個を、えびせんで挟んだ「たこせん」は、大阪の子どもたちのソウルスナック。
カリッとトロッと、手のひらサイズの郷愁。
観光じゃなくて、暮らしのなかにある味に、今日はちょっとだけ恋してみた。
えびせんでサンドする、小さな幸せ
大阪・布施の駅前、古びたアーケードに陽が差し込む頃。
「宮良たこやき本舗」の前では、たこ焼きがコロコロと焼かれていた。鉄板の向こうから聞こえるのは、油の音と、お客さんとの飾らない会話。「たこべい、ひとつね」
差し出されたのは、手のひらにおさまるサイズの“たこせん”。
パリッとしたえびせんに、揚げ玉がカリカリッと添えられ、その間にはアツアツのたこ焼きが2つ。
ソースがじゅわっと染みて、ひとくちかじると、中からとろっと生地が顔を出す。
見た目は駄菓子。でも、味は本気。
夕飯前の、ちょっとした贅沢。
昭和の知恵が生んだ“おやつ革命
「たこせん」と聞くと、たこをまるごとプレスした薄焼き煎餅を想像する人もいる。
でも、大阪で「たこせん」といえば、えびせんにたこ焼きを挟んだこのスタイルが定番。
はじまりは、昭和40年代。学習塾が注目されはじめた時代。
塾帰りの子どもたちが、たこ焼きのトレーをポイ捨てしていたのを見て、岸和田のあるお好み焼き屋が「これ、せんべいに挟めばええやん」と思いついた。
エコとかSDGsとか、そんな言葉が生まれる前の話。
それでもちゃんと、“暮らしの知恵”はそこにあった。
今でも大阪の夏祭りでは定番で、家の近くでふらっと見つけたら、つい買ってしまう。
そういうものに、弱い。
カリッ、トロッ、ハフハフ。焼きたてに勝るものなし
「宮良たこやき本舗」のたこ焼きは、出汁の香りがふわっと鼻をくすぐる。
表面はカリッと香ばしく、中はとろりとやわらかい。
これは焼きたてじゃないと味わえない食感。
テイクアウト専門のこの店では、水蒸気でどうしても皮がしっとりしてしまうから、できれば受け取ってすぐ、その場でかぶりつくのが正解。
焼き手の手元を見ていると、鉄板の上でくるくる回るたこ焼きが、なんとも愛らしい。
水分の多い生地を、綺麗に焼くのは難しいはずなのに、それを感じさせない手つき。
やっぱり、プロはすごい。
ソースじゃない、岩塩という選択肢
ソースにマヨネーズ。それももちろん美味しい。
でも、この店のたこ焼きは、塩で食べてこそだと思う。
とくに、日替わりで登場する「岩塩」は、素材の味がぐっと引き立つ。
そのままでも十分に美味しい出汁の香りに、岩塩がスッと輪郭をつける。
実はメニューには載っていないこの味、こっそりスタッフさんに聞いてみてほしい。
あるときはある、ないときはない。
でも、そういう一期一会が、また嬉しい。
“変わり種”も、日常のひとコマ
たこ焼きをふわふわの卵で包んだ「オムタコ」なんてメニューも。
定番に飽きても、次の扉がちゃんと用意されていて、つい足を運んでしまう。
店主の宮良さんはもともとトラックドライバーだったらしい。
道を走って、街を見て、たくさんの人と出会ってきた経験が、今のたこ焼きに生きているのかもしれない。
この場所に根を張りながらも、挑戦する姿勢は忘れない。
「たこ焼きって、まだまだ面白いで」
そんな声が聞こえてくるような気がした。
あとがき
「たこせん」を手に歩く夕暮れの布施。
カリッとしたえびせんの音、トロっとしたたこ焼きのあたたかさ、ふと香る出汁の匂い。
それは、大阪の日常の中にある、ささやかな幸せ。
観光ガイドには載っていないかもしれないけれど、きっと誰かの記憶には残っていく。
そんな一品に、出会えた気がする。